代表格とも言える,脳梗塞や脳出血を始めとする脳血管障害(ここでは脳卒中とします)による片麻痺に対するリハビリテーションは非常に長い歴史があります.
発生発達学的アプローチや促通療法などその介入方法は様々です.
しかしまだ一定以上の質を保ったリハビリがなされているかと言うと,まだまだと言うのが本邦の現状です.
何が課題かと言えば,基礎的な神経生理学の理解が基盤としてないことでしょう.
【片麻痺に対する理解】が乏しいのため,以前から行われていたアプローチ方法を踏襲して継続している程度になっています.
誤解を恐れずに厳しく言えば,日本での片麻痺に対するリハビリは相当遅れていると言っても良いでしょう.
米国では1990年に『脳の10年』構想を打ち出し,国家レベルのプロジェクトとして脳の解明を進めました.
1990年代初頭から2000年初頭にかけ,今までは見られなかったような内容の研究論文が多数出されました.
今まで知られていなかった脳の働きや『どのようなアプローチが片麻痺には効果的か?』や『片麻痺の回復過程における脳の変化』と言った理解が一気に進んだように思います.
この科学をもとにしたアプローチがまだまだ日本には浸透していません.
詳細は後述しますが,【半球間抑制】と言う基礎的な脳内機構も知らずにリハビリを担当しているセラピストはたくさんいると思います.
もちろん,脳や脊髄にダメージをおった後やパーキンソン病などの神経が元となる病気のリハビリには基礎的な知識として重要ですが, 理解している療法士は多くないのが現状です.
神経生理学をもとにした片麻痺からの回復が良い状態とは?
最初に『片麻痺の回復が良かった人は.どのような脳活動をしているか』と言う点を解説します.
2003年に掲載された論文に,脳卒中後の回復をLaterality Indexという指標を用いて比較 したものがあります.
それによると,脳卒中で障害を受けた脳の半球の活動が高いほど麻痺の回復も良好だというのです.
具体的には,【障害を受けた半球の活動−対側の半球の活動/障害を受けた半球の活動+対側の半球活動】をLaterality Indexと呼び,この値が大きい人の方が麻痺の回復が良かったのです.
回復を良くするための【半球間抑制】の考え方
ここで【半球間抑制】という機能が大事になります.
ここでは,脳血管障害(脳卒中:脳梗塞,脳出血)を基本として説明しますが,一般的に脳血管障害は,左右片側に発症します.
そのため,損傷した半球と反対側の手足に運動麻痺が生じたり,言語や記憶など高次の脳機能に障害が発生します.
ここでは,左右の半球や各部位における機能局在については言及しません.
あくまで半球の問題として考えます.
【半球間抑制】とは,大まかに言うと左右の半球がお互いに活動を抑制し合って脳の機能を維持しているという事です.
人の機能の解釈として,”何かが集中して働くと他の機能が低下する”ので,使わない部分を抑制する事があります.
上の図は,‘機能’をみた概念図です.
働きを上方向で見て,中心部の黄色の部分が集中して働かせたい機能です.
その周囲は働きが低下しているという事になります.
これは視野でも説明しやすくて,視野には【中心視】と【周辺視】とに分けられます.
中心視は,特定の部分のみを集中して視る状態で,集中して特定の部分だけは良く観察出来ますが,視野の他の部分に対する注意が低下するため,他の部分は見落とす事があります.
これが上の概念図と良く合致していますね.
【半球間抑制】の話題に戻します.
以下は,その概念を順に説明した図です.
本来健康な脳は,左右ともお互い均等に抑制が働き機能を調節しており,
お互いを上手に働かせるようになっています.
ここで脳卒中のようにどちらかに損傷が加わったとします.
ここでは向かって左側の脳に障害が発生した図です.
障害が発生した半球は,神経細胞の壊死により単純に脳活動が低下します.
その結果
⇒損傷された半球から反対側への抑制が低下
⇒損傷を受けていない半球の脳活動が増大
⇒障害半球への抑制が増大
⇒障害半球の活動がさらに低下
という悪循環が生まれます.
これを実際,脳卒中での片麻痺に当てはめて考えてみましょう.
片麻痺とは半球に障害を受け,左右どちらかの手足が動きにくくなった状態です.
障害を受けた部位や,範囲によって手足の動きにくさは様々です.
片麻痺があり『動きにくいから』という理由で麻痺のない手足ばかり使うようになります.
そうするとさらに障害を受けた脳機能は低下し,
‘麻痺がさらに悪化する’
‘麻痺が回復しない’
という事になります.
例えば利き手の右手に麻痺が生じ日常生活が難しくなったときに,利き手を左手にして生活しようと【利き手交換】が行われることがあります.
例として,箸を左手に持ったり,左手で字を書く生活にするという事です.
これをしてしまうと麻痺を改善してより動くようにしたいのに,脳機能を考えると麻痺の改善を完全に阻害していることになります.
これでは麻痺を治療したいのかどうかが本末転倒になります.
単純に脳機能障害からの麻痺の改善は,麻痺した手足をどれだけ積極的に動かしたかどうかにかかります.
もちろん動作の内容にも影響されます.
運動を学習するのは,成功するか失敗するかの確率が‘50%’の課題で最も良好ですし,単純に手足の【運動】より,意図を持った【行為】の方が脳活動が増大します.
しかし,より【日常生活】のなかで麻痺した手足を使うかどうかが麻痺の改善に影響するという事は論文でも明らかです.
この事実を考えると脳卒中におけるリハビリで重要なことは,『利き手交換などの生活に適応させることではない』という事が分かります.
もちろん日常生活への適応は必要ですが,しっかり見極めた上でのものに限ります.
必然的にリハビリの方法も変わってきます.
先ほどは損傷によって脳機能が低下し,健常な脳機能が異常に増大してしまいました.
それでは半球間抑制を逆手にとって利用してみましょう.
健常な半球の脳活動を低下させる
⇒障害を受けた半球への抑制を低下
⇒障害を受けた半球の活動が増大
⇒障害によって生じた手足の麻痺が動きやすくなる
という事です.
これを具体的に行っているのが,
【経頭蓋磁気刺激】や【CI(M)療法】になります.
【経頭蓋磁気刺激】は,健常な半球の頭に磁気刺激を与えて活動を低下させ,その間に麻痺している手足を積極的に動かすことでリハビリの効果を上げるものです.
【CI(constraint induced)療法】は,健常な手足を動かなくさせて健常な半球の脳活動を抑制し麻痺している手足を積極的に動かさせる方法になります.
これは単純に ‘麻痺している手足を使う’ ことを意図しておらず,健常な手足を拘束することで,‘誘導された(induced)’麻痺側手足の運動が重要なのです.
このように脳科学と呼ばれる【神経生理学】を知ると単純な動かすようなリハビリよりも,如何に‘効果的に’リハビリを行う必要があるかが分かります.
リハビリは内容で結果が格段に変わります.
神経生理学に基づいたリハビリテーションを選択する必要があります.
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